大判例

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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)1781号 判決

控訴人(原告)

馬継俊子

被控訴人(被告)

株式会社カネ掌自動車工業

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中被控訴人に関する部分を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和五一年二月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は控訴人と被控訴人との間では第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに金員の支払いにつき仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、次のとおり訂正(請求の減縮を含む。)、付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する(但し、原判決七枚目裏三行目から四行目の「第一〇、一一号証の各一、二」を「第一〇号証、第一一号証の一、二」と、同八枚目表三行目の「被告会社代表者の尋問の結果」を「証人浅見掌吉の証言」とそれぞれ訂正する。)。

一  控訴人が当審において請求する三〇〇〇万円は、原判決事実摘示第三項記載の損害額の内金、すなわち、

1  入院付添費 二八万六三五九円

2  入院雑費 七万九八〇〇円

3  入院中の慰藉料 二〇〇万円

4  逸失利益 二七六九万三八四一円(総額五六二三万三一七八円の内金)

5  後遺障害に対する慰藉料 八二四万

6  弁護士費用 二〇〇万円(六〇九万円の内金)

の合計四〇三〇万円から控訴人が自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から受領した一〇三〇万円を控除した三〇〇〇万円である。

二  次に述べるところから明らかなとおり、被控訴人は、自動車販売業者であるが、本件加害車両(普通乗用自動車、シボレーISRI、登録番号多摩33サ3900。以下「本件車両」という。)については、単にその代金支払確保のために所有権を留保していたというに止まらず、具体的かつ現実的関係を有し、本件事故当時運行支配及び運行利益を有していたものというべきである。すなわち、

1  本件車両は、昭和五〇年二月一日桑原勝幸(以下「桑原」という。)が代金は割賦支払いの約で被控訴人から買受けて使用していたものであるところ、同年四月ころ原審共同被告高偉哲(以下「高」という。)は、桑原の義兄に当る金山某(以下「金山」という。)の仲介により桑原に対し約二〇〇万円を貸与したが、同年六月ころ桑原が行方不明となり、そのころ金山は高に対し本件車両で右金員貸借の話をつけたい旨申し出、高と金山がこれに乗車して被控訴人会社の事務所に赴き、高はその担当者に対し本件車両を買受けたい旨申し出て交渉した。

右交渉の際、高は本件車両を被控訴人の処置に委ねたのであるから、ここにおいて、被控訴人は本件車両に対する実質的所有権と処分権を回復したものというべきである。

2  被控訴人は、高の右買受申出を拒絶して本件車両を自己の手もとに保有することも可能であつたが、桑原の未払割賦代金を事実上高に支払わせようと考え、一方、いつでも車両を回収し得る権利をも留保するため、桑原との売買契約は解除することなく、高に未払割賦代金の支払いを約させるとともに、本件車両を事実上高に預けたのである。右のように、本件車両が高の事実上の支配に属するに至つたのは、被控訴人自身の意思に基づくものというべきであるし、また、桑原の負担していた残代金の支払いという名目で車両使用料にも等しい一定の収入が得られる状況を維持したのであるから、被控訴人は、本件車両に対し運行支配・運行利益のいずれも有するものというべきであり、高から本件車両の使用を許諾された原審共同被告榎本幸雄(以下「榎本」という。)の惹起した本件事故についてその責を免れることはできない。

3  また、被控訴人は、本件車両に自社のステツカーを貼り、自ら任意保険に加入していたし、本件事故後本件車両の回収及び廃車手続を行ない、保険請求の一部も行つている。これらは、被控訴人が本件車両の実質的所有者であり、かつ、これにつき運行支配を有していたことの証左である。

よつて、被控訴人は、本件車両の運行供用者として、本件事故に対する損害賠償の責を免れ得ないものというべきである。

(被控訴人の主張)

控訴人の右主張は争う。

被控訴人が本件車両の所有権を留保したのは、専ら売買代金支払確保のためにとつた措置であつて、その使用はすべて桑原に委ねたのであり、被控訴人には本件車両の運行支配も運行利益も全くない。

被控訴人は自己の名義で保険に加入していたが、保険料の実質的負担者は桑原であり、被控訴人が保険料請求の手続に関与したのは、加入名義が被控訴人になつていたからにすぎないのであり、これらのことをもつて、被控訴人が本件車両につき運行支配及び運行利益を有していたことの証左とするのは当らない。

(証拠関係)〔略〕

理由

一  成立に争いのない甲第一号証、第三号証、原審における被控訴人本人尋問の結果により真正に成立したと認める甲第五、第六号証、右被控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は、昭和五一年二月一六日午後一一時ころ、東京都立川市曙町一丁目一三番一三号付近の歩道上を歩行中、ハンドル及びブレーキ操作を誤つて歩道に進入して来た榎本運転の本件車両に衝突されて、右下腿挫滅創、右脛腓骨粉砕骨折、両大腿挫弁創、左坐骨恥骨々折の傷害を負い、右脚を大腿部より切断するのやむなきに至つたことを認めることができ、右認定を妨げる証拠はない。

二  そこで、以下右榎本の惹起した本件事故について、被控訴人が運行供用者として損害賠償の責を負うかどうかにつき検討する。

被控訴人が自動車の販売を業とする会社であること及び本件車両の登録名義上の所有者が被控訴人であることは当事者間に争いがないが、成立に争いのない甲第三号証、乙第五号証、原審証人浅見掌吉の証言により真正に成立したと認める乙第一ないし第三号証、原審証人浅見掌吉、当審証人高偉哲の各証言、原審における共同被告高偉哲本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、

1  被控訴人は、昭和五〇年二月一日桑原に対し本件車両を、(1)代金は割賦手数料ともで三〇七万四八〇〇円とし、契約時に七五万円を支払い、残額二三二万四八〇〇円は一六回の割賦払いとし、(2)本件車両は中古車で被控訴人が自己の名義で自賠責保険及び任意保険に加入していたので、その保険料の支払いも桑原においてすることとし、(3)桑原は無償で本件車両を使用することができるが、割賦金の支払ずみまでの所有権は被控訴人に留保し、(4)桑原に割賦金の支払遅滞、信用状態の悪化、本件車両の第三者への譲渡・転貸・担保提供等の事由が生じたときは、被控訴人は残代金を一時に請求し得るとともに、直ちに本件車両を回収して適正に評価して残代金等の債務に充当することができる旨の約定で売渡す契約をし、そのころ本件車両を桑原に引渡した。

2  桑原は、割賦金の支払いを数回したころ、姉の内縁の夫である金山の紹介で高から一〇〇万円を超える金員の融資を受けたが、その返済も、その後の被控訴人会社に対する割賦代金の支払いもしないまま、間もなく行方不明となつた。そこで、金山は桑原に代つて本件車両を高に対し担保のために提供し、高は、被控訴人からこれを買受けるべく、昭和五〇年六月ころ金山とともに被控訴人会社の事務所に赴きその担当者と交渉したが、被控訴人は、高が買主となることを了承せず、高又は金山において桑原に代つて残代金を支払い、本件車両を事実上使用することを了承した。被控訴人が右のような取決めを選んだのは、高はいわゆる暴力団の関係者で本件車両の買主としてふさわしくないと思われたうえ、被控訴人が高に本件車両の引渡しを要求しても容易に応ずる見込みがなく、また、被控訴人としては、何人の出捐によるのであれ、残代金の支払いが受けられれば、販売の目的が達せられるからであつた。

3  本件車両は高が使用し、金山は被控訴人に対し桑原の残代金の一部支払いのため数通の約束手形(その金額合計は一〇〇万円余り)を振出し、はじめのころの手形は支払われていたが、昭和五一年一月ころには右手形が不渡りとなり(未払代金は五十七、八万円である。)、その後間もない同年二月一六日、高から使用の許諾を受けた榎本が本件車両を運転中本件事故を惹起した。

4  右事故の直後、被控訴人会社の代表者に対し高の友人から事故の通報があり、本件車両は大破して使用不能の状態となつて現場に放置されていたので、被控訴人は、その所有者としてこれを片付けたうえ、同年三月三日その所有権抹消登録手続をし、高及び榎本が自賠責保険の請求手続をしないので、控訴人のために右請求手続の一部をした。

以上の事実を認めることができ、前記高偉哲及び浅見掌吉の供述中右認定に反する部分は、たやすく措信し難く、他に右認定を左右する証拠はない。

三  右認定の事実によれば、被控訴人は、自動車の割賦販売業者として、桑原に対し割賦代金支払確保のために所有権を留保して本件車両を販売した者であり、債権担保の目的の限度においてのみ本件車両に対する支配を及ぼし得る立場にあつたものというべきである。

控訴人は、被控訴人は桑原の行方不明後本件車両に対する実質的所有権を回復し、運行支配と運行利益を有するに至つた旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はないのみならず、かえつて、前認定の事実によれば、被控訴人が従来取引関係も面識もない高に対し無償で本件車両の使用を容認し、同人及び金山に桑原の残代金の支払いを引き受けさせたのは、右両者に一体として桑原と同様の地位を与えたものであり、残代金が完済されれば被控訴人の本件車両に対する所有権は買主側に移転することは関係人が諒解していたものとみるべきであり、もとより運行費用は高において負担していたものと推認されるところである。それ故、被控訴人が本件車両を高に使用させたことにより先に説示したような被控訴人の本件車両に対する関係が変化し、被控訴人がその運行支配と運行利益を有するに至つたということはできないから、控訴人の右主張は失当である。

また、本件事故後、被控訴人が本件車両を引上げ、その所有権抹消登録手続及び自賠責保険請求手続の一部をしたことは前認定のとおりであるが、被控訴人が右措置をした経緯も先に認定したとおりであつて、これらをもつて被控訴人が運行供用者性を有するとの証左とすることはできない。

四  以上の説示から明らかなとおり、結局、被控訴人は本件車両の運行供用者と認められないから、控訴人の被控訴人に対する本訴請求は、その余の点について論ずるまでもなく、失当として排斥を免れず、右と同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 蕪山厳 浅香恒久 安國種彦)

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